「余ってるようで余ってない4割」
同級生と話して見えてきた50代の働き方
最近、同世代の友人たちと過ごす時間が増えてきました。
中学や高校の同級生たち。今はそれぞれ会社をやっていたり、責任者として現場を回していたりする人ばかりです。
みんな似たような立場になって、同じような時間の使い方をするようになってきたんだろうな、と感じます。
「朝から晩までガリガリ働く」はもう違う
同級生たちの働き方を見ていて思うのは、「朝から晩までフル稼働で働いている」という人が本当に減ったということです。
もちろん、やることはちゃんとあるし、責任もある。
でも、常に100%で走り続けているわけではない。
むしろ「7割、8割。人によっては5割、6割ぐらいの力配分でまわしてる」という感覚で仕事している人が多いんです。
言い換えると「ちゃんとやるところはちゃんとやる。でも全部に全力はかけない」。
もう無限に体力がある20代30代じゃない。
だからこそ配分が大事になる。
これは、単なる“手抜き”ではなくて、生き残るための戦い方なんだと思います。
肉体的なスタミナが落ちていくことは、もう否定できない事実です。
そこで自然に身につけているのが「力を込める場所と抜く場所を分ける」というやり方。
これは防衛反応でもあり、技術でもあります。
「仕事が減った」のではなく「同じ成果を出すのに必要な時間が減った」
もうひとつ大きいのは環境の変化です。
昔なら半日〜1日かけてやっていた仕事が、今は外注できる。
スタッフに任せられる。
そもそもAIが下準備や資料づくりをある程度やってくれる。
だから、「前は忙しかった理由」がひとつずつ消えていってる。
結果として、自分が直接やらないといけない作業量そのものが減ってきている。
つまり、“ラクになった”というより、“自分じゃなくてもよくなった部分が増えた”という感じなんです。
その結果どうなるかというと──ぽっかり時間が空く。
空いた時間に、何をする?
ここが一番むずかしいところです。
時間が空いたら、本当は「今までと全然ちがう新しいこと」を始めたらいいはずなんですよね。
でも現実はそうならない。
なぜかというと、僕らの時間の大半はいまだに“仕事”なんです。
だから「新しいことやろうか」と考えたとき、どうしても仕事とつながることをしようとしてしまう。
たとえば、
新しいサービスを考える
ちょっと別ジャンルの営業を試してみる
これまで扱ってない商品を取り扱ってみる
一見「新しいチャレンジ」に見えるんですが、どれもお金を稼ぐ文脈の延長線上にあります。
結局、“今までの仕事の延長”を太らせていく方向に走ってしまう。
これは悪いことではない。
けれど、これだけでは次のフェーズに行けない感じも同時にあるんです。
「4割の余白」は、余ってるようで余ってない
5割とか6割の力でいまの会社・いまの役割を回せてしまうようになると、表面上は“余力”が生まれます。
数字で言えば「残りの4割は空いてる」と見える。
でもこの4割、実際はほとんど自由ではないんですよね。
・電話が鳴れば対応する
・急なトラブルがあれば動く
・人から相談されたら聞きに行く
・なんだかんだで、呼ばれたら現場に顔は出す
だから、完全フリーな4割ではない。
「呼ばれたらすぐ動けるように確保してある待機エネルギー」なんです。
消防士の待機みたいなもの。
落ち着いてコーヒー飲んでても、無関係な人ではいられない。
あの状態にちょっと似ている。
この「余ってるようで余ってない4割」をどう扱うか。
ここが、50代以降の働き方のテーマなんじゃないかと、同級生たちと話しながら感じました。
ヒントは「一人で始めないこと」かもしれない
じゃあ、今後どうすればいいのか。
これはまだはっきりした答えはないんですが、少し見えてきたことがあります。
それは、「新しいことを自分ひとりでゼロから立ち上げようとしない」ということです。
ゼロ→イチは、とにかくエネルギーを食う。
しかも今の僕らには、自分だけのために4割まるごと突っ込むような無茶はもうしづらい。
家庭もある、会社もある、人との約束もある。
でも「誰かが投げたタネを一緒に育てる」ならできる。
これは昨日の会話を通してかなり強く感じた感覚です。
誰かが「こういうのどうかな?」と投げてくれたものを、横で整えたり、方向修正したり、現実の段取りに落としたりする。
これはまだできる、いや、むしろ得意になってきている。
要するに、いま僕らは「エンジン」ではなく「トランスミッション」になってきているのかもしれない。
動力そのものは若い世代や仕組み(AI・外注・チーム)が持っていて、僕らはそれを空回りさせず現実に噛み合わせる役割。
これは決して後退ではなく、進化だと思います。
まとめ:次のテーマは「自分の4割をどこに貸すか」
同級生たちと話していて、いま僕らが直面しているのは「暇になった」という話ではありません。
むしろ「100%で走らなくても会社を回せるようになった結果、4割の可動域が生まれた。
でもその4割をどこに使えばいいのか、正解がまだない」という状態です。
・今ある仕事をもう少し稼げる形にするのか
・地域や誰かのプロジェクトを一緒に回すのか
・まったくお金と関係ないことに使うのか
・次の世代の、“やりたいけど回らないところ”を下支えするのか
多分ここが、50代の「働き方の第二章」なんだと思います。
そしておもしろいのは、その問いを一人で考えるより、同級生と雑談しているときのほうが、ずっとリアルになるということ。
1〜2時間しゃべって、お互いの状況を出し合って、「あ、それいいやん」とか「そこは危ないやろ」って言い合うだけで、ちゃんと次に進むヒントが落ちてくる。
今のところの結論はこうです。
「4割の余白」を自分ひとりのものにしない。
誰かと共有して使う。
そこから次の仕事も、次の役割も生まれる。
これが、僕らの世代の次の稼ぎ方であり、生き方になる気がします。



