「持たない経営」が、起業をもっと普通のものにする
トヨタ系のKINTOが、商用車のサブスクリプションを小規模法人向けに広げようとしている。
このニュースを最初に見たとき、目に留まったのは「小規模法人、税務を簡素化」という言葉だった。
最初は「小規模法人向けに、新しい簡易申告制度でも始まるのだろうか」と思った。
しかし、そうではない。
ポイントは、車を「所有」するのではなく「利用」することで、車にまつわる経理や税務、管理をシンプルにするということだった。
このニュースを考えているうちに、これは単なる自動車業界の話ではないように思えてきた。
車を持たなければ、経営は少し軽くなる
会社が車を購入すれば、それは会社の資産になる。
購入資金を用意し、固定資産として管理し、減価償却を行う。税金や保険、車検、メンテナンスも考えなければならない。そして最後には売却や処分もある。
もちろん、長期間使うのであれば所有した方が有利な場合もある。
一方、サブスクなら毎月一定額を支払い、必要な期間だけ利用するという選択ができる。
重要なのは、
「所有するか、利用するかを選べる」
ようになったことだ。
考えてみれば、これは車だけではない。
会社は、いろいろなものを持たなくても成立する
昔、会社を始めようとすると、それなりの準備が必要だった。
事務所を借りる。
電話を引く。
車を買う。
パソコンや設備を揃える。
サーバーを用意する。
人を雇う。
つまり、売上が立つ前から、たくさんの固定費と資産を抱える必要があった。
ところが現在は違う。
事務所はシェアオフィスでもいい。
システムはクラウドでいい。
ソフトウェアは月額で使える。
決済サービスもオンラインで契約できる。
仕事の一部は外注できる。
AIを使えば、これまで人に頼んでいた仕事の一部まで一人でできる。
そして車までサブスクで利用できる。
極端に言えば、
「会社なのに、ほとんど何も持っていない」
という経営も可能になってきた。
合同会社のような小さな法人とも相性がいい
この流れは、一人会社や家族経営の会社、合同会社のような小規模法人と特に相性がいい。
合同会社だから税務が簡単になるわけではない。
法人である以上、株式会社と同じように法人税の申告などが必要になる。
ただ、会社そのものを小さく作り、さらに車や事務所、システムなどを所有しなければ、経営全体をかなり軽くできる。
すると起業の考え方も変わる。
昔なら、
資金を貯める
→ 設備を揃える
→ 会社を作る
→ 売上を作る
だった。
これからは、
小さく仕事を始める
→ 必要なものだけサービスとして利用する
→ 売上を作る
→ 必要になったものだけ所有する
という順番でもいい。
これはかなり大きな変化だと思う。
「持たない方がいい」わけではない
もちろん、何でもサブスクにすればいいという話ではない。
長期間使うものなら、買った方が安いこともある。
値上がりする可能性のある資産なら、所有する意味もある。
自社の競争力そのものになる設備なら、むしろ自分たちで持つべきだろう。
だから「所有の時代が終わった」のではない。
変わったのは、
何を持ち、何を持たないかを経営者が選べるようになった
ということだ。
資産を持つことそのものが経営ではなくなった。
自社の強みになるものは持つ。
それ以外は借りる。
そんな経営設計ができるようになった。
そして、起業のハードルも下がっている
ここまで考えると、KINTOの商用車サブスクは、もっと大きな変化の一部分に見えてくる。
クラウド。
シェアオフィス。
オンライン決済。
EC。
SNS。
業務委託。
AI。
そしてサブスク。
これらが揃ったことで、一人でも昔の小さな会社くらいの機能を持てるようになった。
つまり、
起業するために必要だった初期投資そのものが小さくなっている。
以前なら、
「資金がない」
「事務所がない」
「人を雇えない」
「システムを作れない」
「営業する方法がない」
ということが、本当に起業の障壁だった。
その障壁が一つずつ低くなっている。
そうなると、終身雇用の意味も変わってくる
ここからさらに考えると、働き方にもつながってくる。
かつて、
いい会社に入る
→ 長く勤める
→ 安定した給料をもらう
→ 家や車を買う
→ 定年まで勤める
という人生モデルには、非常に大きな合理性があった。
個人では用意できないものを、会社が用意してくれたからだ。
設備も信用も仕事も教育も、会社の中にあった。
だから会社に所属し続けることが「安定」だった。
ところが今は、会社の外から調達できるものが増えている。
仕事をするための道具も、システムも、情報発信手段も、販売手段も、かなりの部分を個人で手に入れられる。
そうなると、
「会社に所属しなければ仕事ができない」
という前提そのものが少しずつ崩れていく。
終身雇用がなくなるというより、
終身雇用しか現実的な選択肢がなかった時代が終わっていく
と考えた方が近いのかもしれない。
ただし、人間の意識はそんなに早く変わらない
制度や技術が変わっても、人間の価値観はすぐには変わらない。
いまだに、
「会社員=安定」
「独立=危険」
「会社を作る=大きな決断」
という感覚は強い。
それも当然だ。
私たちは長い間、その常識の中で生きてきた。
だから、経営環境が変わるスピードと、人間の意識が変わるスピードには、かなりの時間差が生まれるだろう。
でも、考えてみれば、この**「時間差」こそ面白い。**
新しい環境が整っているのに、多くの人がまだ昔の常識で判断している。
そんな時期には、新しい商売や新しい働き方が生まれやすい。
最後に残る参入障壁
もちろん、環境がどれだけ整っても、動かない人は動かない。
それは昔から変わらない。
ただ、これからは少し違う。
起業できない理由だった、
資金。
設備。
事務所。
人材。
システム。
販売手段。
そういった物理的な障壁が、どんどん小さくなっている。
すると最後に残る参入障壁は、
「本人がやるかどうか」
なのかもしれない。
全員が起業する必要はない。
会社員として働くことにも大きな価値がある。
ただ、「会社員を続ける」以外の選択肢を取るコストが、以前よりずっと小さくなった。
昔は、勇気があっても資本がなければ始められなかった。
今は、
「とりあえず小さくやってみる」
ができる。
そして、おそらくこれから重要になるのは、失敗しないことではない。
小さく始めて、小さく失敗できること。
「持たない経営」が広がったことで、起業は一世一代の勝負ではなくなっていく。
KINTOの商用車サブスクという一つのニュースの向こう側に見えるのは、そんな社会なのかもしれない。



