戦わない不動産屋の生存戦略
27年目にして気づいた「競争しない」働き方
はじまりは「帰ってこい」の一言だった
2025年4月1日。私は久々にブログを書いていた。
ちょうど27年前のこの日、父から「帰ってこい」と言われて実家に戻り、家業である不動産業に関わるようになった。その日が、今の仕事の原点だ。
正直、不動産業に興味はなかった。どんなビジネスかも知らず、儲かるのかどうかすら分かっていなかった。
なんとなく、家が不動産業をしているということは知っていたが、それだけだった。
収益構造が見えるまでに15年かかった
本当の意味でこの仕事の仕組みや儲かり方を理解するまで、15年以上かかったと思う。
勘のいい人ならもっと早く気づいて、もっと早く成果を出していたかもしれない。
ただ私は、遠回りしたからこそ、他のことにも目を向けることができた。
今振り返ると、その時間も無駄ではなかったと感じている。
「戦わない」ことが自分の基本方針
私は根本的に、競争が好きではない。
誰かに勝つとか、出し抜くとか、そういうことに意味を見出せなかった。
むしろ、「戦わなくてもすむ市場はどこだろう?」ということばかりを考えていた。
それは信念というより、性格だ。
人に強く言われるとへこむし、気が強いわけでもない。
だから、あらかじめ争いを避ける道を探すようになった。
みんなと同じことをしたくない
例えば、不動産業界には「こうあるべき」という常識がある。
でも私は、その「当たり前」にあえて従わず、みんなと違うところにポジションを取ることを選んできた。
それは戦略というより、「自分にとって楽な場所」「自分に合った役割」を見つける作業だった。
利益構造は“見せない”ようにしている
私が取り組んでいることは、どこで儲かっているのか、たぶん外からはよく分からないと思う。
それでいい。
むしろ、「利益が出ていそうに見えるけど、実際どこで利益を生んでいるのかは分からない」状態にしておきたい。
コピーされにくくなるからだ。
明確に利益構造が見えるビジネスモデルは、すぐに真似されてしまう。
私はそういうところに身を置きたくない。
一人だからできるビジネスモデル
私のビジネスは、基本的に“ひとり”で成り立っている。
もしスタッフを雇っていたら、この不安定なポジションは取れない。
つまり、「スケールしないことが前提」のモデルでやっている。
一人でできる範囲で、誰にも邪魔されず、自分のスタイルを貫く。
それが私にとっての最適解だ。
売買仲介はもう終わると思っている
不動産売買の「仲介業」は、もういよいよ限界だと思っている。
とはいえ、不動産を売りたい人や、困っている人の“問題”がなくなるわけではない。
だから私は、その「問題解決」に軸を移している。
たとえば、今も道路沿いに「売物件」や「貸物件」の看板を掲げる不動産会社がある。
けれど私は、それを「時代遅れの広告」だと思っている。
問題の“場所”が変わった
現代の人々が抱えている課題やニーズは、昔とはまったく違う場所にある。
同じ解決策を提示し続けても、反応は鈍くなっていく。
たしかに、古いやり方でも一部の層からは反応があるかもしれない。
けれど、そのビジネスモデルは社員を歩合制で雇って広げれば広げるほど、すぐに飽和して、競争が激しくなる。
結果、体力勝負になり、消耗するだけになる。
戦う場所を間違えないために
私は、そんな競争の激しい場所には、あえて参入しない。
ライバルが多く、コピーされやすい市場ではなく、自分だけが取れるポジションを探す。
誰にも気づかれていないニッチを見つけ、そこで淡々と商売を続ける。
それが、私なりの「戦わない戦略」だ。
戦略というより、生き方
こういう話をすると、「戦略的ですね」と言われることがある。
でも私の本音は、「勝ちたい」わけではなく、ただ“戦いたくない”だけだ。
どうやったら勝てるかではなく、どうやったら争わずにやっていけるか。
その問いを、27年経った今でも考え続けている。
おわりに
不動産業界は大きな変革期を迎えている。
けれど、どんな時代でも、人の「悩み」や「困りごと」がなくなることはない。
私はそれに対して、目立たず、戦わず、でも確実に応える方法をこれからも模索していきたい。
それが、私の仕事のやり方であり、生き方でもある。



