親の事業を継ぐということ。
「恵まれてるね」と言われ続けた僕が、本当に背負っていたもの
「親の土地でしょ?」「気楽でいいね」と言われるたびに、心の奥で苦笑いしていました。
僕はいわゆる“跡継ぎ”です。
入社試験もなく、自然な流れで親が経営する事業に入り、そのまま今の仕事をしています。
表面的には「苦労知らず」に見えるでしょう。
でも、その裏には、言葉にしづらい葛藤と責任がありました。
今回は、そんな僕が事業を通じて感じてきたこと、そしていまだからこそ言える「継ぐということ」のリアルについて綴ります。
「自分のお金じゃない」からこそのプレッシャー
事業を引き継いだ当初、僕の頭にあったのは「利益を出さなければいけない」という焦りでした。
当たり前のことなのに、どこか気持ちが重い。
なぜかといえば、それが“自分のお金”ではなかったからです。
不動産にしても、設備投資にしても、使うのは親が積み重ねてきた資産。
そのうえで「損をさせるわけにはいかない」という強い意識が、ずっと僕を支配していました。
実際、物件を扱うときはとにかく慎重でした。
収益物件を仕入れて、家賃で運用して、将来的にどう出口を作るかまで……ひとつひとつの判断に、何重ものシミュレーションを重ねていました。
見られている感覚。評価されない前提での努力
自分の仕事ぶりは、常に親に「見られている」と感じていました。
仮に100点の成果を出したとしても、「それくらい当たり前だよね」と言われる気がしていた。
実際にそう言われたわけではない。
でも、言葉にされない期待というのは、時に重くのしかかります。
「物件があったら持ってこいよ」と軽く言われたことがあります。
でも今思えば、それは“訓練”だったのかもしれません。
自分が提案する物件で親が損をすれば、将来その責任を自分たちが背負うことになる。
だからこそ、適当な提案なんてできなかった。
結果として、選球眼は相当磨かれたと思います。
継がざるを得なかった。でも、それで良かった
「自分の収益だけを優先していれば、もっと楽だったのに」と思うこともありました。
親の不動産に関わるのは正直手間がかかるし、責任も重い。
でも、だからこそ得られた経験がある。
継ぐことは、楽な道じゃない。
誰かの背中を追う分、自由が制限されることもあるし、自分の選択ではなかった道を歩まざるを得ないこともある。
でも、それを「自分の道」に変えていくことはできる。
今の僕は、他の誰かが経験できなかったトレーニングを積んでいます。
それは確実に、自分の血肉になっていると感じます。
最後に:与えられた環境を、自分の強みに変える
親の事業を継ぐということは、単なる引き継ぎ作業ではありません。
そこには、見えない責任と、期待と、時には孤独もあります。
けれど、与えられた環境にどう向き合うかで、自分の成長は変わってくる。
僕はこの環境を「弱み」ではなく「強み」に変えていきたいと思っています。
というより、それしかないんです。
僕の経験が、同じように“継ぐこと”を考えている誰かの背中を、少しでも押すことができれば幸いです。



